図工の題材や教材、指導について、日頃の授業の様子から紹介しています。


by tamamushi

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カテゴリ:日記( 15 )

区展の準備

練馬区ではもうじき区展が始まります。
来週は搬入ですので、もう準備をしなくてはいけません。
おそらく大抵の練馬区の図工の先生は、すでに梱包も終わっていることでしょうが、この私、今までサボってしまってようやく本日、重い腰をあげました。

展覧会の時に、いくつか候補作品を借りていましたが、スペースも限られていますから全部を展示することもできません。慎重に選んで、選外は2月に行われるもうひとつの展覧会に出品します。

d0005186_2125790.jpg台紙に貼った作品を、割り当てスペースの面積に合わせて並べます。
1列ごとに作品をガムテープでつなげ、一番上の余白だけをとめれば展示ができるように準備します。


d0005186_2125439.jpg立体作品も同様です。区展の立体は90センチ×90センチの台面に収めなくてはいけません。
こうして並べてみてレイアウトを考えます。
「なんとか収まったかな。」
高さがだいぶ飛び出そうです。大丈夫かなぁ…。(^_^;)
by es36_zuko | 2014-01-09 21:11 | 日記

明日の授業を考える

明日は、「美術手帖」の「子どもと美術」の取材が入ります。
「春らしい造形遊びを」とのことで、枯渇した頭を絞りましたが、新校舎への引っ越しなどで落ち着かないのか、パッとしたすてきな題材が思い浮かびません。
春休み中はモンモンとした日々を過ごしてきたんです。

d0005186_22533391.jpg
引っ越しで色々な「ゴミ」も処分してきたので、素材も限られる中、大量にある試飲カップを使っての活動を考えました。
とりわけ新しい題材ではないですが、カップの数で勝負です!!


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カップに水を入れて、並べたり、重ねたり、敷き詰めたり。

今日は、活動場所の検討。
コンクリートの昇降口前も考えましたが、やっぱり校庭かな…。
by es36_zuko | 2011-04-12 22:51 | 日記

リニューアル図工室です

光が丘秋の陽小学校図工室の引っ越し直前の様子です。
統合して新校になり2年目。改装工事が済んだ校舎に引っ越しになりました。
まだ、机も椅子も入っていません。床は薄いミント色。汚すと目立ちそうですねー。(^_^;)

4月11日から授業が始まります。

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by es36_zuko | 2011-04-01 22:25 | 日記

2009/02/20(3年生・6年生)



3年生、「リベットくん」は、このクラスでは、先週まで早くできあがった人から個人個人でつくっていましたが、スゴイ行列になってしまってアニメ化作業がはかどりません。個人の方がアニメ自体は面白い内容になるのですが、ぜいたくを言っていられませんので、今日はグループをつくっての作成です。それも、大体のストーリーを聞いて私がうごかしてしまいます。本意ではありませんが、仕方がありません。
でも、このクラス子どもたちはリベットが大好きで、どんどんつくって楽しむので、多少の待ち時間はリベットくんをつくって過ごしてくれました。


3・4時間目は6年生。今日は7、8人がワックスに入り、4人くらいが完成になりました。みんなつや付けが上手でピカピカになっています。完成するとほんとうれしそうです。
by es36_zuko | 2009-02-20 14:54 | 日記

これって、リューマチ?!

最近、左手の人差し指の第一関節が腫れて節くれ立ったようになり、動かすと痛みが出るようになってきました。ずいぶん前からこの傾向があり、多少気にしてはいたのですが、よく観察すると指先が中指方向へ曲がり出していますし、右手の人差し指にも痛み僅かながら同じように変形してきています。

「これはもしかするとリューマチだったりして!?」と不安がよぎりました。
いつかNHK「ためしてガッテン」でみたリューマチの様子が頭に浮かびます。

まずいなぁ…。
気になりだしたのが、木曜日でしたので、都図研60周年関係の準備で医者に行けず、さらに金曜日は60周年式典当日ですし、その後は、土日が来てしまいます。何となく、そこのところに憂鬱さを感じながら、ようやく今日、月曜日を迎えました。
仕事が終わってから職場近くの整形外科に行き診察をしてもらうと、診断は「ヘバーデン結節」。変形性指関節症と言うらしいです。
原因は不明らしいですが、指の関節の軟骨が無くなって、関節が変形し痛みも伴うもののようです。治療方法は無く、関節が固まり、痛みが消えるまで対処療法で切り抜けるしかないようです。
リューマチではなくて、ひとまずホッとしました。

最近、息子とキャッチボールをしてナックルボールを多投していたので、しばらく封印しなければいけませんね。(^_^;) 右手の指の方が症状が軽いので、ナックルボールが原因では無さそうですが…。
ワープロ作業はなるべく避けたいなー…、とか言ったりして。
by es36_zuko | 2009-01-27 00:01 | 日記

とりようによっては…

d0005186_15583452.jpg工作用の材料を大きめな板から切り出して手のひらサイズにしていく過程で、ふと思いついたことがありました。
普通ですと、そうして使いやすいサイズに切ってあげた材料を箱の中にまとめて入れて子どもたちが取りやすく(または、先生が配りやすく)して使っていくのですが、子どもたちに素材を提供していく時に、使いやすくサイズカットされた材料を迷わずに選べることが果たしてよいのだろうか、という疑問が浮かびました。
私はズボラなほうなので、材料をきっちりと整理整頓するのが苦手で、切った材料をガバガバ一緒くたに箱に突っ込んでいましたが、選別した材料を別な箱に区別するよりその方が良いのかもしれない、ということです。
もちろん、「一緒くたな材料」は全く選別していないわけではないのです。全く異なった種類の材料や釘が出ているような危ないものは分けています。しかし、同じ規格のものばかりを集めたり、個性のない形ばかりを集めたりするより、様々なかたちや大きさのバリエーションをそろえて、その中から子どもが自分の使いたい材料を選んでいく方がより図画工作的ではなかと考えるのです。


d0005186_16245390.jpg子どもたちが材料を取捨選択して使い、分別して片付けていく作業も、考えようによっては造形的です。様々ある材料を、形や大きさ、種類や材質に分別していくことも「造形遊び」なのかも知れません。

ここで、自省を込めて言いますが、やりっぱなしや放りっぱなしとは意味が違うと思います。適度に散らかっていて、どこにでも素材が存在する環境を「図工的風土」という言い方であらわした方がいましたが、散らかりっぱなしでは本当の「図工的風土」にはなりません。そこにあるゴチャゴチャには、ある程度意図した「ゴチャゴチャ」があるのではないでしょうか。
by es36_zuko | 2008-05-20 16:35 | 日記

図工室改造中

d0005186_10441479.jpg年度が新しくなって、図工の授業が始まります。一昨年から図工室の整理整頓が全くできなく、かなりいけない状態でした。今年の目標を「シェイプアップ」にして、身も心も図工室も無駄を無くしてスリムになろうと思います。(^_^;)
ということで、だいぶ段ボール箱に詰めていたものを引き出しに収め棚や床を広くしたので、教室の端にあった共同絵の具コーナーを中央に配置できました。墨田区立堤小学校(南先生)の図工室がこういう配置でしたので真似てみたのです。確かに、今までは絵の具コーナーに遠い机の児童たちは絵の具を取りに行くのが遠い分億劫だったろうな、と思います。

この写真には写っていませんが、木っ端が相当な量ありますので、何とか種別をして「素材」として使いやすくしようと思います。大きさ、質などで区別していくと、「ごみ」なのか「素材」なのかはっきりしてきます。授業が始まり、学校のなかが煩雑になってきたり、プライベートな用事(子どもの送り迎えなど)が重なってくるとこういう仕事が面倒になってきます。午後の時間の使い方を工夫したいです。
by es36_zuko | 2008-04-10 11:02 | 日記

雑記

最近、公にさらされる原稿や指導案などを書く機会が多いのですが、このところちょっと辛くなってきました。題材を考えるときには様々な要素を考慮して作っていきますが、それを公な場に発表するときは、それなりの必然性や他の題材との関連性でシビアにならざるを得ません。それが行き過ぎると、詰めの甘い題材を考えると罪悪のように思えてしまいます。「こんな題材では子どもがかわいそうだ…」という具合に。いけない題材も存在するのでしょうが、学校内に自分の領域だけで図工を行っている場合は、1年間という長い時間で様々な題材を行っていきますので、そこのところはほかの題材でカバーできることが多いです。私は「失敗を恐れずに、思いついたらとりあえず実行していこう」という気持ちでいつもやっていますので、実は失敗も多いのです。授業中や事後にいくつか修正を加えて、失敗をカバーしてやっているのが現状です。今年あたりは若い人をリードしていく仕事も増えたので、なおさら自分の題材の未熟さを痛感してしまいます。でも事前にあれこれ悩むより、まずはやってみる、という姿勢はある意味間違いではないと思うのですが…。
by es36_zuko | 2006-04-11 03:01 | 日記

ズコウスキ

浅田真央さんの話題で盛り上がっているフィギュアスケートの世界ジュニア選手権ですが、たまたま朝のニュースで見たSP第3位の選手の名前が「ズコウスキ」でした。ちょっと応援したい気分になりました。(^_^)ニュースサイトで彼女の記事を探したのですが、全く見つかりません。浅田1位、ズコウスキ2位でもなれば少し名前が出そうですが。
by es36_zuko | 2006-03-08 10:47 | 日記

雑感

 「色を塗る」「線をかく」。こういった描くという単純なことの中にはどれだけの多くの情報が含まれているのでしょうか。図工の授業の中で日常茶飯事に行われていることなのに、実は気づかずに授業をしてしまっていることが多いのです。d0005186_2195962.jpg
 紙と描画材がその場にあれば、子どもは自ずと絵を描いていきます。絵を描くことは本来楽しい行為なのですから。その絵がどういう内容なのかを問う前に、子どもの前には、まずは色と形が存在しているのです。ところが、多くの大人は子どもの絵に理由や意味を求めようとします。そして絵を描くという行為に道徳的な意義を無理やり結び付けようとするのです。作品の完成形から意味を求め、「内面追求」とか「人の幸福」とか「地球環境の保全」とかそういう大人的価値観のテーマで子どもの作品を理解しようと努めます。本当に子どもはそういうテーマで絵を描きたいのでしょうか?実は、単純に「色がきれい」とか「線が面白い」という理由だけで絵を描いたかもしれないのに。描くということに大げさなテーマを仰々しく掲げて、子どもに無理やり「生きる意味」だの「人類の幸福」などと考えさせる意味があるのか、私は疑問として考えることが多いです。もちろんそういうことを考えている子どもが皆無であるとは言えませんが、こういうことを考えながら作品を制作する子どもがたくさんいる方がかえって不自然ですし、そういうテーマがはたして子どもたちは本当に「好き」なのでしょうか?(修行のように描かせることは必要ありません。「根気」を養うことでも、「我慢」すること、「汗」を流すことでもありませんね。)
 色を塗るという単純な行為の中には時間や空気、感情、におい、感触など様々な感覚を刺激するイベントがあり、それらを肌で感じながら塗っていきます。また、線を描くときも、画用紙のデコボコや鉛筆の硬さ、鉛筆を持つ手の力などを感じながら描いていきます。描いていく過程でのこういう感覚を刺激するイベントを無視して図工をとらえてはいけないと思います。子どもの本当の「好き」は、何気ないこういう描くという単純な行為の中に立ち現れてきます。まずは子どもの行為や感覚を最優先で考えていくべきで、子どもを大人の価値観に当てはめていくのは排除していくべきでしょう。
 基礎基本重視の流れで、図工の授業も系統立った指導のもとに行おうという危ない動きがはびこり始めています。こうした動きの中、図工の授業で一見無駄に見える行為や遊び、身体の動きの大切な意味が無視され見捨てられることの無いように、私たちは図工の中に現れる子どもの行為を鋭敏に感じ、多くの情報を感じ取って行く必要を感じます。それは子どもの様々な「好き」を発見していくことにつながると信じています。
by es36_zuko | 2005-12-28 02:15 | 日記